大野木宣幸【ゲーム音楽作曲家列伝01】

今回から新連載「ゲーム音楽作曲家列伝」の執筆を始めます。

第1回は昨年11月に訃報が伝えられた大野木宣幸さん。

大野木さんは、ゲーム音楽の黎明期にナムコのメインコンポーザーとして活躍された方です。

大野木宣幸さんプロフィール・略歴

本名:大野木宣幸(おおのぎ のぶゆき)
生年月日:1956年1月27日
作曲家デビュー:1980年11月(ラリーX)
代表作品:マッピー、リブルラブル、メトロクロス

大野木さんは、1980年にプログラマーとしてナムコに入社しますが、ラリーXのハイスコアBGMを作ったのをきっかけに、ナムコの専任サウンドスタッフを任されることになります。

これは、日本のビデオゲーム業界では初の「サウンド専任スタッフ」の誕生の瞬間でした。

以降「ナムコ一強時代」の中心的存在として、1981年から1985年頃のナムコ主要作品の音楽を手がけます。

1985年にナムコを退社、ゲームミュージックCDなどを手掛けるサイトロンなどに参加。

その後もナムコ作品に曲提供していますが、ゲーム音楽関連のプロデュース業がメインになっていったようです。

サイトロンを退社後(1990年代中頃?)はゲーム業界から離れ、実家の修善寺の温泉旅館の跡取りとして、静かに暮らしていたといいます。

ゲーム音楽作曲家としては、アーケードゲームでは1986年4月のホッピング・マッピーまで、コンシューマー作品では1994年のスーパーファミリーサーキット(スーパーファミコン)あたりまで、ナムコ作品のコンポーザーとして活躍されていました。

2019年2月にコロンバスサークル社からリリースされた「16ビットリズムランド」に曲提供(「Setsuna Battling」という曲)という形で、25年ぶりにゲーム音楽の作曲活動に復帰しています。

2019年11月にインターネット上で訃報情報が伝わりました。

大野木さん引退後の情報

2019年11月のマッピーの演奏とブログ記事を見て、大野木さんの従兄弟の方(MIDIソフトウェアメーカーのKUWATEC創業者)からYouTubeでコメントをいただいたんですが、親族の方でも宣幸さんの訃報の詳細は殆ど知らされていなかったとのことです。

その時得られた情報によると、大野木宣幸さんは「静岡のお味噌屋さん」を継いだとされていますが、正確には修善寺の温泉旅館の跡取りをして、晩年は本当にひっそりと暮らしていたようです。

自分のナムコ体験と大野木さんの音楽

自分がビデオゲームをやりはじめたのは1981年頃ですが、大野木さんが音楽を手掛けたニューラリーX、ボスコニアン、ギャラガ、ポールポジションなどは1982年から1983年あたりのゲーム体験初期の頃にプレイしています。

その頃はまだゲーセンに子供だけで行くことはありませんでしたが、駄菓子屋に回ってくる型落ちゲームと、たまに親に連れていってもらったデパートの屋上にあるゲームコーナーで、ナムコのゲームもやっていました。

その頃のゲーム音楽の中では、ゲームコーナーにあったポールポジションが一番好きでした。

1983年に入ってからはゼビウス(慶野由利子さん作)、マッピー、ポールポジション2、リブルラブルが登場してきます。

自分がマッピーをやったのはMSXとファミコンだったので、1985年頃かな。
ちょっと後からです。

マッピーは初期のゲーム音楽としては、すぎやまこういちさんが絶賛するほどの名曲として有名です。

ポールポジション2はゲームコーナーでやってましたが、音楽も1からグレードアップしてるのがわかりました。

リブルラブルはゲームコーナーで観戦のみでしたが、凄く良く通るメロディーなので、音楽はしっかり覚えてました。

そして1985年、自分がゲーセンに出入りしはじめて間もない頃ですが、メトロクロスが登場しました。これの音楽はインパクトありましたねー。

古き良きアメリカンスタイル

大野木さんの音楽を言葉で形容してみると「古き良きアメリカ」の香りがします。

  • オールディーズ
  • ビッグバンドジャズ
  • カントリー
  • ラグタイム

そういったジャンルを連想させるような曲が多いです。

ゲームセンター→カジノ→ラスベガス→アメリカンドリーム、みたいな連想でしょうか。

初期のゲーム音楽は大野木さんのオールドアメリカンスタイルに追従したものも多く、一つの典型的なゲーム音楽の型が出現します。

2019年11月の訃報

大野木さんの訃報情報が伝わったのは2019年11月でしたが、そのときのことはマッピーの追悼演奏の時に詳細を書きました。

2019年2月に25年ぶりにゲーム音楽作家活動に復帰した矢先の訃報でしたので、残念でなりません。

重ね重ね、ご冥福をお祈りします。

大野木宣幸さん作曲作品

※大野木さんが手掛けた作品は全てナムコのものです。

1980年

ラリーX(AC、1曲のみ)

1981年

ニューラリーX(AC)

ワープ&ワープ(AC)

ギャラガ(AC)

ボスコニアン(AC)

1982年

ポールポジション(AC)

1983年

マッピー(AC)

ポールポジション2(AC)

リブルラブル(AC)

1985年

メトロクロス(AC)

ワープマン(FC)

バトルシティー(FC)

1986年

ホッピングマッピー(AC)

1991年

ファミリーサーキット’91(FC)

ワールドサーキット(PCE)

1994年

スーパーファミリーサーキット(SFC)

2019年

16ビットリズムランド(MD互換機、「Setsuna Battling」提供)

※略号
AC=アーケードゲーム
FC=ファミコン
PCE=PCエンジン
MD=メガドライブ
SFC=スーパーファミコン

ゲーム音楽作曲家列伝 次回

慶野由利子【ゲーム音楽作曲家列伝02】
ゲーム音楽作曲家列伝第2回は1981年にナムコに入社して、初期ナムコ作品の音楽を大野木宣幸さん(第1回で紹介)と2人で作っていた慶野由利子さんです。

コメント

  1. ppp より:

    享年63歳とは、早すぎますね。
    訃報は昨年知りましたが、今日に至るまでそれを打ち消す情報がないということは、現実として受け止めねばならないのでしょうね。
    故人のご冥福を祈ります。

    • BGM より:

      大野木さんの件は、にわかには信じられなかったですよね。
      11月に関係者がFacebookに書いたことで一般の人にも伝わったらしいですが。
      ポールポジションやリブルラブル、メトロクロスの音楽は子供時代の想い出の象徴なので、
      訃報がどうやら本当らしい、ということを知ったときは、とても悲しかったですね。
      あの時代のゲームを体験してる人はみんな同じ感情を持つんじゃないでしょうか。