今回作品より曲紹介記事を先行配信しています。このブログはリンクフリーです。(2019年6月15日更新)
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ゲーム音楽史05 初期の家庭用ゲーム機~ファミコンの登場まで

前回の8ビットPCに続き、
今回はファミコン発売までの初期のゲーム機について
ざっくりとですが触れておきたいと思います。

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Atari2600

1977年にアメリカAtari社が
カートリッジ式ゲーム機Atari2600を発売して大ヒットしました。
自分はこれが世界初ののカートリッジ式ゲーム機と思っていましたが
視聴者様のご指摘によると、世界初はフェアチャイルド・チャンネルF(1976年)ですね。

Atari2600

Atari2600にはパルス1音+ノイズ1音というサウンド機能が備わっていました。
サウンド機能は後述のカセットビジョンと同等でしょうか。
同時期の『AppleII』といい、当時のアメリカは日本より3~4年は進んでいた感じです。

 

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任天堂 カラーテレビゲーム15

日本では同時期1977年に任天堂が『カラーテレビゲーム15』を発売しています。
1200px-Color_TV-Game_15_(Cut_out)

これの単機能版の『ブロック崩し』(1979年発売)が友人宅にあって、よく遊びに行っていました。

これらは単音の効果音が出せる程度のサウンド機能で、まだ音楽は無理でした。

 

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エポック社 カセットビジョン

1981年にエポック社からカートリッジ式の『カセットビジョン』が発売されます。

これは単音メロディ+効果音が出せました。
このあたりでサウンド機能はようやくアメリカのAtari2600に追いついた感じです。
グラフィックはドットが粗すぎてなんともシュールな感じでしたが。。

これまた友人宅で遊んでいたのですが、
『きこりの与作』の『ヘイヘイホー、ヘイヘイホー』は憶えています。

 

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ゲーム&ウォッチ~ポータブルゲームの流行

Game_and_watch_Ball

このあたりの時代はまだTVゲームは機能のわりに高価で、
持っている家庭はごく一部でした。
代替品として子供の間では『ゲーム&ウォッチ』に代表される
ポータブル型の単機能ゲームが流行していました。

自分もゲームウオッチ他LCDゲーム数種類、
トミーの『パックマン』などの電子ゲームを持っていました。

 

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トミー ぴゅう太、タカラ ゲームパソコン

日本で初めてPSG搭載のゲーム機というのを考えてみたんですが
一つの候補は、トミーから1982年8月に発売された、『ぴゅう太』でしょうか。

Tomy_Tutor_White_Background

最近調べていて知ったんですが、
『ぴゅう太』はBIOSからPSGがコントロールできるようですね。

このあと11月に、ゲーム音楽史02で触れた
タカラ『ゲームパソコン』(=ソードM5のOEM)が出ています。

本ブログではMSX・MSX2をPCに入れているので
これらをコンシューマーに入れるかPCに入れるかは微妙なところで、
『ぴゅう太』が国産初のPSG搭載コンシューマーゲーム機である、
というのは意見が分かれるところと思います。

これらのいわゆるホームコンピュータ、ゲームパソコンなどと呼ばれるものは
主に玩具メーカーが製造、ほかにも何機種か発売されていますが
ゲーム機としては値段が高く、PCとしては機能が弱かったので
ファミコンやMSXが出回るとユーザーはそちらに流れてしまいました。

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アタリショック

1982年から1983年ごろにかけて、アメリカではいわゆる『アタリショック』が起きています。

詳しくはwikipedia等を見ていただくとして、
簡単にいうとAtari2600からのTVゲームブームに様々なメーカーが新規参入して
質の低いゲームソフトを乱造した結果、ユーザーのゲーム離れが起きて
アメリカのゲーム業界全体が低迷する、という事態になりました。

日本ではこの年代はまだそんなに大規模な市場は無かったし、これの影響は軽微だったと思います。
後にファミコンが『NES』として欧米展開すると(1985年)
これが大ヒットして、アメリカのゲーム業界復興のきっかけになっています。

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ファミコンの登場


1983年7月15日
任天堂『ファミリーコンピューター』
セガ『SC-3000/SG-1000』
が発売されます。この二機種は発売日が同じでした。
MSXが出たのもほぼ同時期です。

201612120005451200px-Sega-SG-1000-Console-Set

PSG搭載のコンシューマー機といいきれるのは、これらが初でしょうか。

この時期、ほかにもいくつかのゲーム機やゲームパソコンが発売されていますが
表示機能に優れるファミリーコンピューターが主導権を握ることとなります。
ファミコンのPSGはカスタムチップが使用されていて、
当時主流のものより音源性能も少し上でした。

以降、多くの人が知っている『ファミコン』の歴史がスタートするのですが、
初期のファミコンソフト業界も8ビットPCのゲーム業界と同じような状況でした。

ご本尊の任天堂は音楽にはまだ本腰を入れておらず、
他メーカーはアーケード移植のものは別にして、まだまだ開発力・資金力が乏しかったため
初期のファミコンのゲーム音楽も同時期のPCのものと似たり寄ったりのレベルでした。
(ゲーム自体は、任天堂製のものは非常にクオリティが高かったと思います。)

ファミコン独自のゲーム音楽の発展は
1985年のスーパーマリオブラザーズあたりからですね。

ーーーーーこのように、1984年ごろまでは
まだ日本の家庭用ゲームやPCゲームの業界は立ち上がりの時期で、
音楽の質もナムコを筆頭とするアーケードゲームに太刀打ちできるものではありませんでした。

次回は変革の年、『1985年』の前夜である1983年後半から1984年の状況を
自分の体験も交えながら書きたいと思います。

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関連リンク

ゲーム音楽史 前回 ゲーム音楽史04 初期の8ビットPCと日本のゲーム業界事情

ゲーム音楽史 次回 ゲーム音楽史06 大変革前夜~1983年から1984年ごろの状況

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