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平成をゲーム音楽でふりかえる【一周年企画その2】

平成時代が間もなく終わりますね~。

今日は一周年企画第二弾として、平成時代をゲーム音楽とともにふりかえってみようかと思います。

昭和から平成になったのが、1989年の1月8日です。

世間はバブル景気の最中で、浮かれた話題が飛び交っていました。
1989年末につけた日経平均株価38,915円87銭は史上最高値となっています。

ここから1~2年後にはバブル崩壊、日本経済は泥沼に落ちていくわけですが……

――それから30年とちょっと経って、今日が平成最後の日です。
自分もだいぶオジサンになりました。
なにやら感慨深いですねw

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ゲーム音楽の成立は昭和末期

ゲーム音楽史でやったように、ゲーム音楽が成立してきたのは1981年~1983年頃からです。
元号でいうと昭和56年~58年の昭和末期です。

そして昭和60年(1985年)あたりから大発展して、昭和61年(1986年)~平成元年(1989年)に最初の全盛期をむかえます。
ゲーム音楽史では『第一次黄金期』として扱いました。

ですので、平成という時代はゲーム音楽とともに歩んできたとも言えます。

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平成になった時ゲーム音楽周辺は?

平成になった1989年1月、ゲーム音楽周辺のことを思い出してみます。

コンシューマー機だと、まだまだ初代ファミコンの勢いがあってメガドライブがそれを追撃中、あと二年弱するとスーパーファミコン登場という時期でした。

PCだとX68000とかFM-townsとかが出て、8bitから16bitに移行していっているあたりですね。
まだまだMSX2なんかも勢いがあったと記憶してます。

具体的なゲームタイトルで音楽が印象に残っているものを挙げていくと

  • スナッチャー(1988年11月)
  • 忍者龍剣伝(1988年12月)
  • ファイナルファンタジー2(1988年12月)
  • レイドック2(1988年12月)

といったタイトルが平成直前の年末商戦で発売されています。
平成に突入してからは

  • ワルキューレの伝説(1989年4月)
  • MOTHER(1989年7月)
  • ラストハルマゲドン(1989年7月)
  • ダライアス2(1989年9月)

が挙げられます。
音源はPSG→FM音源→PCM音源へと移行していっている最中の時期でした。

ファミコン・MSX2→PSG・波形メモリ拡張音源
PC・アーケード→FM音源・PCM音源の出始め
と、入り乱れていました。

このへんの時代は『ゲーム音楽史10 第一次黄金期 後編』をご覧いただくとよくわかると思います。

第一次黄金期 後編(1988~1990年)【ゲーム音楽史10】
ゲーム音楽史 第10回は『第一次黄金期』後編で1988~1990年のことを書いています。PCM音源が出始めたり、ファミコンも末期は名曲を擁するタイトル多数でした。
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平成になったとき自分は何してたか思いだしてみる

平成に切り替わった時、自分BGMは高校生でギターはじめて1~2年?
メタルのコピバンなんかをやっていて、頭がとれそうなくらい頭振ってましたw

小学生~中学生時代はめちゃめちゃゲームやってたんですが、バンド活動にハマって、当時のオタク文化への偏見などもあり、徐々にゲームなどのサブカルチャーからは離れて行きました。

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スーパーファミコン時代

そして1990年(平成2年)11月にスーパーファミコンが発売されます。
平成時代の象徴ですね~。

同時期に『ストリートファイター2』をキッカケにした対戦格闘ブームも盛り上がります。

自分はしばらくゲームから離れていましたが、1993年ごろからまたゲームをやり始めます。

このへんは音楽が印象に残るタイトル多すぎて挙げきれませんが、ゲーム音楽第二次黄金期でしたね。

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プレステ時代

1996年(平成8年)あたりでスーパーファミコンから初代プレイステーションへの世代交代がありました。

音源もCDが使えるようになってヴォーカルの曲も増えました。

ですが世間的にはまだまだオタク文化への偏見も強く、とくに自分が属していたフラメンコの関係はゲームとはほとんど親和性を感じられなかったので、大っぴらに『ゲーム音楽が好き』と言う勇気はなく、家でコソコソとゲームをやっていました。

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2000年以降

2000年(平成12年)にプレイステーション2が発売されて、さらに世代交代が進みます。
ゲーム音楽の音源レベルも一般の音楽とあまり変わらなくなってきます。

――巷で散々言われていた1999年7月のノストラダムス予言も、世間一般的には何もなく時が流れていきましたが、1999年8月を境に自分の身辺だけ急激に変化してゲームに時間を割けるような環境ではなくなってきてしまい、以後、あまりゲームはやっていません。

時折、思いだしたようにハマるタイトルはありますが、数年に1本というレベルです。

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そして時代は大きく変わってきました

その後もネット環境があるので、ゲーム関係、チップチューン関係などの情報は横目で見ながら生活していましたが、本格的にゲーム音楽の興味が再燃するのは2015年(平成27年)のことです。

その間、ゲームの世界も大きく変わりました。

モバイルゲーム機が据え置きゲーム機の売り上げを抜いたり。

なにより感じたのは、オタク文化の市民権獲得です。

平成が始まったころは、犯罪者を見るような目でみられたり、お笑いの定番ネタにされたりで、散々な扱いだったんですが、クリエイターやメディアの中枢の世代交代が進み、発信側がみんなゲーム・アニメ世代になってきたからでしょうか、今は世界をリードする『文化』としてリスペクトの対象になっています。

チップチューンやボカロの興隆とともに、1980年代~1990年代のゲーム音楽も再評価される空気もあるし、一般の人に対しても『ゲーム音楽が好きです』と気軽に言えるようになったのが何よりうれしいです。

――間もなく『令和』の時代が始まります。

ゲーム音楽史の最終章

現在のゲーム音楽【ゲーム音楽史17】
ゲーム音楽史は今回で最終回。2013年以降の現在のゲーム音楽と、これからのゲーム音楽について書いています。

ゲーム音楽論の最終章

現在のゲーム音楽について【ゲーム音楽論13】
ゲーム音楽論 第13回。今回で最終回です。最後に現在のゲーム音楽の特徴と、未来の予想などを書きました。AIやインタラクティブ音楽についても触れています。

これら二つの記事で今後のゲーム音楽についても少し書きましたが、今の感じだと今後も自分はゲームを長時間プレイすることはないのかもしれません。
ですが、これは老後の楽しみにとっておきたいと思っています。本気で。

以上、小一時間で書き上げたのでグダグダ感は拭えませんが、自分なりに『平成』を振り返ってみました。
ありがとう!さようなら、平成時代

令和時代もゲーム音楽演奏はライフワークとしてやっていきますので、どうぞ、よろしく!

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