小室哲哉【ゲーム音楽作曲家列伝番外編09】

ゲーム音楽作曲家列伝の本編では、日本国内のゲーム音楽をメインとする作曲家を紹介してきましたが、「番外編」としてゲーム音楽がメインではない作曲家や外国人作曲家の紹介をしていきます。

今回は、日本の音楽史上、最も商業的に成功した作曲家・音楽プロデューサーである小室哲哉さんとゲーム音楽の関わりを考察します。

小室哲哉さん プロフィール

本名:小室哲哉(こむろ てつや)
通称:TK
生年月日:1958年11月27日
ゲーム音楽作曲家デビュー:1989年12月(TM NETWORK LIVE IN POWERBOWL)

小室哲哉さんは1980年代に自身のグループ「TM NETWORK(TMネットワーク、TMN)」でブレイクした後、1990年代には、TRF・globe・華原朋美さん・安室奈美恵さん・篠原涼子さんといった、いわゆる「小室ファミリー」のアーティストをプロデュースして悉くヒットさせてきました。

小室ファミリー全体でのCDの総売上は1億7000万枚以上にのぼり、小室さんは日本音楽史上最も商業的に成功した音楽家といえます。

ちなみに、少し前にご紹介した浅倉大介さんはTM NETWORK時代から小室さんの右腕として活動していて、浅倉さん本人及びアクセス・TMレボリューション(ユニット名の由来はTM NETWORKとは関係無いそうですが、後日、小室さんからTMの名称の使用許諾をもらったといいます)といった関連活動も、小室ファミリーの分家・親戚的な位置にあると思います。

作曲家・クリエイターとしては、日本の商業音楽シーンにテクノ・トランス系のサウンドとコンピューターベースの音楽制作を浸透させ、その後のJポップの発展に大きく貢献しました。

小室哲哉さんの活動歴はここで全て紹介するには膨大過ぎるのですが、自分自身もおさらいしておきたいので、ダイジェスト版に要約してみました。

小室哲哉さん 略歴

小室哲哉さんは3歳の頃からクラシック系の音楽教育を受け、小学生の時には既に作曲をしていたといいます。

最初に習っていた楽器はヴァイオリンでしたが、小学5年生の時にエレクトーンを始め、以後、鍵盤楽器に転向することになりました。

1970年の日本万国博覧会で冨田勲(日本のシンセサイザー音楽の先駆者)さんの演奏を見て衝撃を受け、中学時代はシンセサイザーに傾倒していきます。

高校から大学(早稲田大学社会科学部)時代にはプログレやジャズ畑の先鋭的なアーティストに影響を受けて自分独自の作曲法を確立していきました。

大学卒業後、1983年に自身の音楽ユニットであるTM NETWORKでメジャーデビューし、ほぼ同時期に歌謡曲・アイドル系の歌手への楽曲提供を開始。

1986年に渡辺美里さんへ提供した「My Revolution」が日本レコード大賞金賞を受賞、翌1987年にはTM NETWORKの「Get Wild」がTVアニメ『シティーハンター』のエンディングテーマに採用されて大ヒット。この2曲によって一躍、音楽界のトップクリエイターの一人となりました。

その後、ロンドンで半年間暮らして現地のクラブミュージックシーンに衝撃を受けたり、ソロ活動を開始したり、松浦勝人氏率いるavexと仕事を始めたりしますが、徐々に小室さんのやりたい事がTM NETWORKの枠では収まらなくなって来ていたことから、1994年にTM NETWORKを解散、以後は音楽プロデューサー業に専念するという決断をします。

結果的に、この決断は大成功することになり、1994年から1999年の5年間ほどで、篠原涼子さん・TRF・hitomi・globe・華原朋美さん・安室奈美恵さんらの「小室ファミリー」が日本の音楽シーンを席巻。女性ボーカル+打ち込み系ダンスビートという組み合わせは、一つのJポップ・スタンダード・スタイルとして確立されます。

しかし、2000年代に入るとJポップシーンでは、宇多田ヒカルさん・ELT・椎名林檎さん・MISIA・浜崎あゆみさん・GLAY・L’Arc〜en〜Cielなどの新世代が台頭して、小室ファミリーの人気は徐々に下火になっていきました。

この時期、ビジネス的にもトラブルが続き、小室さんは金銭的に追い込まれていったといいます。

そして2006年に、あの5億円詐取事件を起こして、2008年にはついに逮捕されるという事態に至り、一時、音楽シーンから姿を消していました。

その後、2010年から作曲家・プロデューサー業に復帰。再び精力的に活動していましたが、2018年に身体的な衰えや、離婚スキャンダルへのけじめという事を理由に、突然の引退宣言をします。

引退宣言後は、しばらく休養していましたが、1年ほどで音楽プロデューサー業に再復帰。現在に至るまで音楽活動を続けておられます。

小室哲哉さんの音楽

小室哲哉さんの音楽性は、TM NETWORKと小室ファミリーの音楽を聴けば分かる通り、1980年代まで主流だったニューミュージック系歌謡曲や、サザンオールスターズ・尾崎豊さんに代表されるような熱唱系ロックとは全く相容れないものでしたが、巧みに日本の若い世代が好む要素を採り入れて大成功。EDM系Jポップという一大カテゴリーを築くに至りました。

――一般的なイメージとしてはこんな感じだと思いますが、小室哲哉さんという音楽家には隠された別の面があるように思います。

小室さんは本来、マニアックなテクノ・プログレなどに傾倒していたサブカルチャー要素の強いクリエイターであり、本当はもっとコアでマニアックな音楽を作りたかったのではないかと。

TM NETWORKや小室ファミリーの音楽も「従来のJポップ手法の破壊」という意味では、十分に実験的・先進的なものだったという見方もできますが、売れている時は「とにかく売れるものを作らなければならない」というプレッシャーから徐々に精神のバランスを崩していったようです。

逮捕・復帰後、ようやくそうしたプレッシャーから解放され、本来やりたかった音楽に向き合える余裕が生まれた、という印象を受けます。

小室哲哉さんとゲーム音楽の関わり

ここでやっと今回の本題なのですが、小室哲哉さんとゲーム音楽の関わり、という事を考察してみましょう。

小室さんが直接手掛けたゲーム音楽は数少ないし、1990年代までに手掛けていたものは本業のJポップ活動のPR企画的な作品がほとんどなのですが、「シンセサイザーやシーケンサーを駆使したコンピューターベースの音楽制作」「テクノ・トランス系アレンジの導入」など、制作スタイルやアレンジの面で同時代(1980年代後半から1990年代)のゲーム音楽に与えた影響は計り知れないものがあると思います。

小室哲哉進行

もう少し掘り下げて、音楽の内容的な話をすると、小室哲哉さんの楽曲には「小室哲哉進行」という定番コード進行があります。以下のようなものですね。

Am→F→G→C
※キーはCメジャー/Aマイナーで記載

「Get Wild」のサビがまさしくコレなんですが、ゲーム音楽でもAm→F→G→C(Cの所はAm・A・F・E7・G♯dimなどに変わることも多い)という流れは王道進行の一つであり、めちゃめちゃ良く登場するコード進行です。

これは、こちらの記事で紹介している、「マイナー下降進行」の一種です。

ゲーム音楽と小室ミュージックのコード進行的な類似性は面白いですが、日本人好みど真ん中の進行なんだと思います。

近年の展開

小室哲哉さんによるゲーム作品への曲提供は、1997年から20年近くブランクが空くのですが、2016年になってスマホ向けタイトルを中心に曲提供を再開されています。

そして、再開後は全曲担当したゲームタイトルもあったりして、ゲームのために本気で作曲したと思われるタイトルが多い事にご注目ください(下の作品一覧参照)。

中でも2018年のスマホゲーム『ガーディアンズ』はかなり力が入っていたようです。

今後、ゲーム音楽のフィールドで小室哲哉さんのマニアックな面が沢山聴けるようになるかも知れませんね。

小室哲哉さんのゲーム音楽作曲作品

1989年

TM NETWORK LIVE IN POWERBOWL(FC、エピックソニーレコード)

1995年

EMIT(PC/PS/SS、光栄)

1996年

カボールスクリーン(PS、アンティノスレコード、久保こーじと共作)

1997年

DIGITAL DANCE MIX 安室奈美恵(SS、セガ)

2016年

パンチライン(PS4/PSV、5pb.、アニメ版の音楽も小室氏が担当)

2018年

ガーディアンズ(iOS/Android、アイディス)

2021年

D4DJ Groovy Mix(iOS/Android、ブシロード、1曲)

2022年

カイジ -闇の黙示録-(iOS/Android、NOA.TEC)

※この他、2014年に『ペルソナ4 ダンシングオールナイト』(アトラス)に編曲を提供

※略号
FC=ファミリーコンピュータ
SS=セガサターン
PS=プレイステーション
PS4=プレイステーション4
PS5=プレイステーション5
PC=パソコン

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