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BGMの幼少時代【ゲーム音楽の想い出01】

さあ、唐突に始まりましたこの新連載、予告では『ゲーム音楽雑記帳』の開始予定でした。

でも、下書きしていくうちに、この『ゲーム音楽の想い出』のネタが結構な文章量になりそうだったので、独立連載シリーズとしてお届けすることとなりました。

この連載企画は、このブログの最初のほうの記事の『自分とゲーム音楽の関わり』で書いたようなことを、もっとリアルに思い出して書いてみよう、というものですね。

自分BGMとゲーム音楽の関わり
このブログの管理人=BGMはどのようにゲーム音楽と出会い、どんな関わりをしてきたのか?自己紹介も兼ねて書いていきます。

いろいろ考えながら下書きした末、現状、面白く書けそうなのがこのネタでした。

ゲーム音楽史の内容も振り返りつつ、時代考証とともに書いてみようと思います。

ボードゲームからビデオゲームへ

自分、BGMが幼少のときは、ボードゲームがブームでした。

タカラの人生ゲームとか、その元ネタのモノポリーとか、バンダイのボードゲームシリーズとか、家族や友達とワイワイやっていましたよね。

1978年~1979年にスペースインベーダーブームがあり、新しいテクノロジーの台頭とともに、ゲームの主流・世間の興味もボードゲームからTVゲームへと徐々に移っていきます。

BGMがTVゲームに興味を持ち始めるのは1981年~1982年のあたりです。

ファミコンが出る1~2年前で、まだまだボードゲームブームが隆盛だった時期です。

当時はスペースインベーダーブームを受けてナムコを中心としたアーケードゲームが数多く出始めていました。

ゲームセンターあらし

『ゲームセンターあらし』(すがやみつる 1978年~1983年連載)という漫画がヒットして、TVアニメ化もされてましたよね。
熱血スポ根系ゲーム漫画というシュールな世界でしたが。
炎のコマ~~!!

ゲームセンターあらし

ゲーム操作するのに、宙返りしたり、ヨガのポーズしたりとか、アクションでかすぎて反応遅くなるだろww……というツッコミは無しで。

あの漫画で扱っていたのは、インベーダーとか平安京エイリアンとかだったので、インベーダーブームからのごく初期のアーケードゲームですね。

家庭用ゲーム機はまだ普及していなかった

1980年~1981年当時は、家庭用ゲーム機といえば『ブロック崩し』(任天堂)でした。

1家庭にTV1台というのが普通で、TVゲームを繋いである家はまだ少なく、持っている家は子供の溜まり場になっていました。

当時はいろいろとおおらかな時代でしたよね(-.-)(しみじみ)

ファミコン以前の家庭用ゲーム機の歴史の記事もありますので参考にどうぞ。

初期の家庭用ゲーム機~ファミコンの登場まで【ゲーム音楽史05】
ゲーム音楽史 第5回は、Atari2600・カセットビジョンなど、ファミコン登場以前の家庭用ゲーム機について解説しています。

子供の資金力で買えるのは『ゲーム&ウオッチ』などのLCDゲームやポータブル型の固定表示の電子ゲームでした。
貸し借りしてやってましたよね。

ファミコンの普及以前はドット単位で動く、ゲーセンにあるようなビデオゲームは憧れの象徴でした。

パックマンなど、トミーの電子ゲーム

BGMもご多分に漏れず、ゲーム&ウオッチなどを友達と貸し借りしてやっていたんですが、それと同時期、多分1981年の誕生日に買ってもらったものと思われますが、トミーから発売されたポータブルゲーム版の『パックマン』を持っていました。

トミー パックマン

色んなところにもっていって、ずーっと飽きずにやっていた記憶があります。

あれってトミーがナムコにライセンス料を払って売っていたものと思いますが、かなり売れたみたいで、持っていた人も多いと思います。

これはアーケードゲームやテレビゲームのようにドット単位で動くものではなく、電光掲示板?のようなあらかじめ決まったパターンが操作に応じて光る、というものでしたが、効果音と簡単なメロディーが出ました。

当時はまだアーケードゲームもカセットビジョンも未体験でしたので、メロディー付きのゲームサウンドに触れた体験はこれが初めてと思います。

ゲームから出る音を『音楽』として認識しはじめるのはもっと後のことですが。

今考えると当時の安価なポータブルゲームとしては音もゲーム性も凄く良くできていたと思います。

そのあと、弟が同じトミーの『ケイブマン』を買って、同じシリーズの『スクランブル』も持ってましたので、トミーの電子ゲームはかなりのお気に入りだったと思います。

友人宅にあったカセットビジョン

そんな時代でしたが、1982年の春~夏かな?(暑かった記憶があるのでたぶん夏頃)最新鋭のTVゲーム『カセットビジョン』を近所の友人宅が購入したので、その家に毎日のように押しかけてゲームに講じていました。

木こりの与作
木こりの与作 (C)エポック社

外で遊んだ帰りは、友達や弟とその家でゲームをやって帰る、みたいな迷惑な子供でしたが、その家のご両親も子供好きだったので、可愛がっていただきました。幸せな思い出です。

1982年頃から駄菓子屋でのアーケードゲーム体験

駄菓子屋に設置してあったアーケードゲームを冷やかしはじめたのも1982年頃と思いますが、通っていた小学校の何軒か隣の駄菓子屋にあった『ムーンクレスタ』が最初です。

ムーンクレスタ
(c)日本物産

そのあと1982年終わり頃から別の駄菓子屋に『ムーンパトロール』が登場したので、それをやるために通いました。確か1ゲーム20円。

インベーダーブーム以降、地方の駄菓子屋でも子供向けに型落ちのアーケードゲームを設置しているところがたくさんあって、10円~50円でプレイできました。

色んなゲームをやりたかったので、自転車で違うゲームが置いてある遠くの(といっても子供の行動範囲だから1~2kmくらい)駄菓子屋まで遠征したりもしました。

初期のアーケードゲームについては以下の記事にまとめてあります

黎明期(1980年まで)~はじめて音楽を奏でたゲームとは?【ゲーム音楽史01】
新連載『ゲーム音楽史』初回投稿です。今回は、世界ではじめてメロディーを奏でたビデオゲーム『サーカス』から、ナムコ『ラリーX』登場までの黎明期を扱います。
ナムコ一強時代(1981~1984年)~PSGと波形メモリ音源【ゲーム音楽史02】
ゲーム音楽史 第二回。1981年~1984年頃は先駆者ナムコが他を圧倒していた時代でした。波形メモリ音源、商業的優位性など、その要因を解き明かしていきます。

1982年~1983年にかけて

  • パックマン
  • ラリーX
  • ボスコニアン
  • ディグダグ
  • ギャラガ
  • ドンキーコング
  • バーニンラバー

などのアーケードゲームを駄菓子屋で体験しました。

今考えると、発売後半年~1年経つと駄菓子屋に型落ち基板が回ってきて、子供向けに安く提供していた、とう感じですかね~。

次回は1983年頃の話で、ファミコンやMSXの発売とPCへの興味の芽生え、みたいなことを書こうかと思います。

ゲーム音楽の想い出 次回

ファミコンとMSXの登場【ゲーム音楽の想い出02】
『ゲーム音楽の想い出』第2回は1983年ファミコンとMSXが発売された頃の話です。BGMは『マイコン大百科』を読んでPCへの憧れを持ちます。

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