楽器を始めてゲーマーは引退?【ゲーム音楽の想い出06】

前回は1986年の想い出を紐解いてみましたが、86年はゲーム音楽に一番ハマった年でもあり、ゲームの話題が中心になりました。

1986年一年間でPC-8801mkⅡFRでMMLアレンジ遊びを覚えて、音楽ってどうやって作ってあるのか、作曲への興味を深めていったのもあり、BGMの中では1986年の後半頃から音楽への興味がいよいよ本格化してきます。

そしてそれはすぐにコンピュータやゲームを上回るものになるのですが。

そしてMML遊びでは飽きたらず、楽器演奏もやろうと思うようになります。

今回は一般音楽・楽器演奏の話から。

電子キーボードは速攻で挫折、エレキギターへ

1986年後半、まず手に入れたのは電子キーボードです。

FM音源でアレンジの楽しさを知っていたので、色んな音色が出る電子キーボードは凄く魅力的に感じました。

でも、ピアノの基礎もないし、当時は音楽理論も全然わからなかったので、なかなか弾けるようになりません。

そうこうしているうちに、今度はハードロック・ヘヴィメタル系の音楽にはまりはじめたため、電子キーボードは3カ月もせずに挫折、楽器をエレキギターに持ち変えることになります。

エレキギターは上達

エレキギターをはじめると、最初の半年くらいでかなり上達して、学校内でも楽器やバンドをやってる人は結構な人数いましたが、そのコミュニティーの中で急速に話題になり、バンド活動の誘いも受けるようになります。

すっかり気をよくしたBGMは、ますますギターにのめり込んでいきます。
学校の勉強そっちのけで毎日5時間以上は練習してたと思います。

ギターに熱中してゲームは卒業?

ギターをはじめてからも、1987年の夏頃まではゲーセンに行ったり、PC8801mkⅡFRでゲームや打ち込みをしたりしていましたが、1987年の夏休みを境にギターとバンド活動一直線になってPCもゲームもやらなくなります。

PC88FRは埃を被らせておくのも勿体ないので、欲しがっていた友人に売却してしまいました。

1987年夏というと、イカ天『三宅裕司のイカすバンド天国』が始まるのが1989年2月なので、その1年半くらい前か。

時期的にいわゆるバンドブームに見事に乗っかった形になります。
当時は地元でもバンド活動が盛んで、楽器店主催のライブに何十というバンドが応募していました。

自分達のバンドもそういうノルマがあまり無いライブに応募したり、自分達でライブハウスを貸しきったりしてよくライブをやっていたものです。

そんな感じで、1987年前半まではそれなりにゲームをやっていましたが、秋頃になると全くやらなくなります。

再びゲームを再開するのは1989~1990年にファミコンとMSX2のものをちょこっとやって、またしばらく空いて、その次は1993年頃からスーパーファミコンなので、1987年後半~1993年後半の6年間は結構ブランクがあります。

今回は1987年~1989年頃のゲーム音楽体験をお話しますが、当時の時代背景は以下の記事を参照してください。

第一次黄金期 中編(1987年)【ゲーム音楽史08】
ゲーム音楽史 第9回は『ゲーム音楽第一次黄金期』の中編として、1987年の出来事を紹介しています。ここへ来てファミコンのゲーム音楽も大発展します。

1987年前半までのゲーム音楽体験

上に書いたように、1987年に入ってゲーム・PCから、音楽・楽器演奏へと興味が急速にシフトしたBGMですが、1987年前半は自分的に大きな印象を残しているゲーム音楽があるので、ご紹介したいと思います。

以下、1987年前半に自分が経験したゲームで音楽が印象深かった作品です。

アーケードだと
『ダライアス』
『ドラゴンスピリット』

PCだと
『イース』
『女神転生』(日本テレネット版)

ファミコンだと
『ドラゴンクエスト2』

この中でも一番音楽的な影響が大きそうなのが『ダライアス』です。

ダライアス

ダライアス・シリーズの曲は何曲か演奏していて、その魅力や作者のOGR=小倉久佳さんについては個別曲紹介で何度も語っていますが、1980年代のゲーム音楽で一番濃い影響を受けているのが『ダライアス』です。

小倉さんの作曲センスも好きなんですが、その独特の金属をひっかくような音色とアレンジがツボに入りました。

テクノぽい無機質さと、いい意味で日本人的なメロディーセンスのバランスも良くて、未だに聴くと中毒性が甦ります。

このブログの動画第一弾として1面BGMの『Captain Neo』を演奏。

ダライアス Captain Neo【ギター演奏・コード進行01】
演奏動画第1弾。ダライアスより『Captain Neo』をギターならではのスピーディーなアレンジで!コード進行や作曲者の小倉久佳さんについても解説。

1周年記念企画として、ラスボス戦の『Boss7』を演奏しました。

ダライアス Boss7『鯨のテーマ』【ギター演奏・コード進行39】
ダライアスより『BOSS7』の演奏。圧倒的威圧感を感じる最終ステージBGMですが、自分の中では『鯨のテーマ』です。コード進行分析のほか、この曲への思い入れも語っています。

イース

PCゲームだと、88FRを手放す直前くらいにプレイしていた『イース』ですね。
言わずと知れた古代祐三さん初期の代表作です。

雰囲気のあるオープニング曲『Feena』を以前演奏しました。

イース Feena【ギター演奏・コード進行04】
古代裕三さん初期の代表曲。イースより『Feena』を演奏しています。曲紹介、作曲者紹介、コード進行解説など。

この時代、古代さんの作風はわりとハイテンポなロックアレンジ+JMM (ジャパニーズ・メランコリック・メロディー)のものが多く、イース1,2やソーサリアンの音楽も主流はそういう曲ですが、自分は『Feena』に代表されるような静かな曲が好きでした。

1987年秋~1989年頃はゲームお休みして音楽三昧

このあと、1987年秋~1989年はほとんどゲームをしませんでした。
寝ても覚めてもギターでしたね。

ベーマガやログインなどのPC雑誌も1987年前半までで購読をやめています。

音楽の趣味が爆音方向へ

そして、音楽の趣味は1988年頭くらいから、メタリカ、メガデスなどどんどんハードで爆音な方向に傾いていき、バンドでも爆音爆速のものばかりやるようになりました。

メタリカの来日公演はバンド友達と学校を休んで大阪城ホールまで見に行った記憶があります。
1列目で見られました!

インスト・フュージョンユニットと作曲を始めてみたり

1年半くらいそんな感じて頭を振って『デス!』とか『ダーイ』とか言っていましたが、1989年後半頃から再びジャズ・フュージョン方向の音楽への興味が復活してインストのフュージョン的なユニットも始めたりします。

同時期に作曲も始めて、自分の曲に色々な要素を取り込みたくて民族音楽なんかも聴き始めます。
フラメンコもそうやって聴き始めました。

そのインストユニットではメタル+民族音楽的な謎の音楽性をやっていましたが、地元のバンドコンテストで賞をもらったりして、本人はすっかりその気になってました。

その時(1989年年末くらい?)に、4トラックのカセットMTRとリズムマシンを買って、毎日毎日、色々わけの分からないものを作っていた記憶はあるんですが、ほぼ全て紛失してしまってます。

――高校生活の3年間で完全に音楽にハマって、大学進学は辞めて、音楽の学校に行って本格的に音楽を勉強したいと、内心、思ってました。

そしてこの後、1年間くらいですが、ゲーマー復帰した時期があるので、次回はそのへんのネタを書こうかと。

ゲーム音楽の想い出 前回

夢のPC、MMLでDTMデビュー【ゲーム音楽の想い出05】
ゲーム音楽の想い出 第5回は1986年頃の想い出。自分はこの年、本格的にゲーム音楽にハマります。また、FM音源搭載のPCを購入して初期のDTMに挑戦します。

ゲーム音楽の想い出 次回

短期間のゲーマー復帰後、音楽学校へ【ゲーム音楽の想い出07】
ゲーム音楽の想い出 第7回は1990年~1991年頃の想い出です。管理人BGMはその時期少しだけゲーマーに復帰、高校卒業後に音楽学校に通い始めます。