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ファミコンとMSXの登場【ゲーム音楽の想い出02】

前回はBGMの幼少時代のことをお話しました。

ボードゲームからアーケードゲーム・TVゲームへと時代の流れ・新しいテクノロジーの出現とともに興味の対象が移り変わっていったわけですが、今回はファミコンとMSXが発売になったあたり(1983年後半~1984年はじめ頃)のBGMの体験をお話したいと思います。

1983年夏、ファミコンの発売

1983年の7月に任天堂からファミリーコンピュータ(以下ファミコン)が、セガからSG-1000・SC-3000が発売されます。

BGMがはじめてファミコンに触れたのは1983年の8月頃でしょうか。
確か夏休み中でしたので。

地元のデパートのオモチャ売り場にゲーム機展示コーナーが出来て、ファミコンをさわることができたんですよね。

まだ『ドンキーコング』『ドンキーコングJr』『ポパイ』しかソフトが無くて、そのあとすぐに『マリオブラザーズ』が発売されたタイミングです。

それまで、TVゲームというと『ブロック崩し』『カセットビジョン』しか無かったし、アーケードゲームはまた全然別世界のモノだったので、ファミコンの登場には、かなりの衝撃を受けました。

しかも14800円という、お年玉を貯めれば買えそうな額です。

でも、BGMはその時はPCに興味が傾いてきていて、ファミコンはすぐには買いませんでした。

友達が何人かファミコンを買ったので、そこに遊びに行って、みんなでやるほうが楽しかったので、そうしていました。

この当時(1983年~1984年)は、まだRPGなどの純粋に一人でやるゲームはあまり普及しておらず、アクションゲームを友達や家族と一緒にやる場合が多かったように思います。

国産PC=マイコンの世界

ゲーム音楽史でもやりましたが1979年にNECがPC-8001を発売して、これが大ヒット。
以後、日本でもPC=マイコンという存在がクローズアップされてきました。

初期の8ビットPCと日本のゲーム業界事情【ゲーム音楽史04】
ゲーム音楽史 第4回は、Apple2・PC-8001からPC-8801・FM-7・X1の『御三家』といった初期PCゲームの音楽と、黎明期のPCゲーム業界についてです。

マイコン大百科

自分の家は両親が本を読むのが好きだったので、月に何回か家族で大きな書店に出かけていて、その時子供も何か一冊本を買ってもらえました。

1983年秋~冬頃だったと思いますが『マイコン大百科』(自分が最初に入手したのは実用編、ケイブンシャ1983年)という本を買って貰ってPCの世界を知りました。

マイコン大百科

その本にはアメリカのAppleⅡのロールプレイングゲームやアドベンチャーゲームの画面写真も載っていて(それは少し後に買った『ゲーム編』のほうだったかな?)『アメリカにはこんな凄いものがあるんだ』と憧れていました。

その本では、ゲームの画面写真のみならず、PCの基礎知識やBASICプログラムの初歩まで解説していて、飽きずに何度も読んでいました。

当時の自分にとってはPCは未来を象徴する夢の機械で『BASICプログラムさえおぼえれば何でもできる』みたいに思っていました。

こんな感じで1983年後半、ファミコン発売と、マイコン大百科を入手したのが重なって、自分の中でTVゲーム・コンピューターへの興味が一気に加熱ていきます。

家電展示場のMSX

BGMが住んでいた地元に大きな家電展示場がありました。

1983年末~1984年初頭くらいだったと思いますが、そこにある日、MSXが大量に展示されて(20台くらいあったかな?)自由に触ることができるようになったんですよね。
ゲームカートリッジも沢山用意されていました。

周辺の子供のコミュニティーで『タダで色んなゲームが遊べる所がある』と噂になり、近所の子供が押し寄せることになります。

BGMもしょっちゅう行っていましたが、いつもチャリが大量に止まっていましたねw
たまに空いているとめちゃめちゃ嬉しかった記憶があります。

そして端末が空くのを待って張り付くわけですが、子供の間で『1ゲームで交代する』みたいな暗黙のルールが出来てきていて、守らないやつは友達数人で後ろに並んで圧力をかけてましたw

MSXの魅力

1983年の6月に策定されたMSX規格ですが、これはPC市場で出遅れた家電各社が連合して統一規格の安価なPCを投入して巻き返しを図ろうというもので、米マイクロソフト社も巻き込んだ大掛かりなものでした。

この規格の中心になったのはソニーと松下電気でした。

ファミコンの登場によって危機感を募らせた家電各社は発売を前倒しして、1983年10月~12月頃には主要メーカーのMSX機が出揃ってきます。

BGMは『マイコン大百科』を読んで以降、PCに並々ならぬ興味をもっていましたが、当時のPCは高価でサラリーマンの月給以上の値段がしてました。

でも、BGMはファミコンよりも、いかにも『コンピューター』という感じのキーボードがついてる知的な機械=マイコンに惹かれていました。

そういうタイミングで家電展示場に登場したのがMSXです。

  • PCとして最低限の機能は備えている
  • TVに繋いで出来るのでモニターを買わなくていい
  • カートリッジ式のゲームソフトが使えてファミコン感覚のゲーム機として使うこともできる
  • 安い。出始めの時でも5万円くらいから、しばらくすると2万円台のものも登場
  • MSX向けにナムコやコナミのアーケードゲーム移植シリーズが出始めた(ファミコンより早かった)

こんな条件が揃って、家電展示場でMSXを触っていたBGMはMSXが欲しくてたまらなくなりますが、子供にとってかなり高額な買い物だったし、実際に購入するのは1984年秋頃の話です。

駄菓子屋にゼビウス登場

家電展示場にMSXが入ったのと同時期だったと思いますが、ついに『ゼビウス』(1983年1月稼働開始)が近所の駄菓子屋に登場しました。

ゼビウスの衝撃は過去の記事で何回か語ってますので今回は割愛しますが、あの時代にあれは芸術作品の域だと思います。

ファミコンのゲームも衝撃でしたが、ゼビウスの世界観と美麗なグラフィックスは全く次元の違うものに感じました。

BGMはゼビウスの世界に夢中になり、かなりのお小遣いを注ぎ込みました。

1984年前半はゼビウスばかりやってたと思います。

――こんな感じで、ファミコンやMSXが発売されてからも、しばらくは『マイコン大百科』などを読んで妄想を膨らませながら、友達の家でファミコンをやり、家電展示場に繰り出してMSXに張り付き、駄菓子屋でゼビウスなどをやる、という生活でした。

次回は今回の少しあとのことで、ゲーセンデビューとMSX・ファミコンの購入についてお話しようかと。

ゲーム音楽の想い出 前回

BGMの幼少時代【ゲーム音楽の想い出01】
新連載『ゲーム音楽の想い出』その1は自分BGMの幼少時代のことです。ゲームセンターあらし、電子ゲーム『パックマン』、駄菓子屋でのアーケードゲーム体験など。

ゲーム音楽の想い出 次回

ベーマガとゲーセンデビュー【ゲーム音楽の想い出03】
『ゲーム音楽の想い出』第3回は1984年後半頃の話題です。BGMは『マイコンBASICマガジン』の購読をはじめ、MSXとファミコンを購入します。

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